9時45分、広島、福岡、東京、大阪の全国4都市で開催されるサイン会の初日を迎えるため、柳美里が広島空港に到着した。グレーのワンピース姿、三つ編みのお下げに帽子をかぶるその姿に緊張は見られない。初めて降り立つ街に対して、どこか親しげな様子さえあった。その理由はすぐに明らかになる。

 サイン会に先立って、地元FM局のラジオ番組に出演した柳氏はいくつかのメッセージをリスナーに向けて発信した。その中から一つ拾ってみよう。

 最新作『8月の果て』と広島は意外なほど密接に繋がっている。まず、密陽という街には広島に縁のある人々が多い(奇しくも15日にサイン会の行われる福岡出身の人々も多い)。また、モデルとなった柳氏の祖父梁任得氏の中学時代の教師は、広島県呉市の出身であることが作品に記されている。そのような多くの人たちとの出会いの中で、この作品が生まれていったことを、ゆっくりとスローバラードのような「言葉」で彼女は伝えようとしていた。
 そして、10分程度の出演時間の最後を次のような言葉で締め括った。

「かつて密陽に住んでいた、密陽の中学校に通っていたという方はお手紙をください」

「新潮」のロングインタビューで編集部が用意したタイトルは、「『8月の果て』を走り終えて」というものであった。しかし、彼女は「『8月の果て』を走り抜けて」に変更した。「私は走り終わったんじゃない。私はまだ走っているんです。すっすはっはっ すっすはっはっ。私は走り抜けただけなんです。」

 ある作品が生まれるということは、一つの物語の「終わり」とイコールではない。それは「区切り」になり得ても、作家が自身に沈殿し、根を伸ばし、絡め取られた物語から切り離されることは、ない。
 植民地としての祖国。分断の祖国。異邦者としての日本での人生。果てしなく長く、荒々しい波で洗われた時間を、生き抜き、走り抜けていった祖父をモデルとした『8月の果て』。構想は15年の時間を経て、深く、深く、彼女の中に沈み込んでいった。そしておよそ2年間の執筆期間の末に、彼女は「走り抜けた」。そして、終わりのない終わりへ向けて、再び走り抜けようとしている。彼女の「言葉」は、それを雄弁に物語っていたような気がする。

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 そして、紀伊國屋書店広島店で行われたサイン会は、過ぐる1月に行われた萩での朗読会のリピーターや、『命』シリーズなどの近作から読み始めた人、『水辺のゆりかご』の頃から読み続けている人など、さまざまなファンの方に支えられて盛況に終わった。
 広島での初イベントにも関わらず、サイン会の席の周りには人だかりが途切れることはなく、柳美里という作家の知名度の高さが示される。鳴り止まないデジカメや携帯電話のカメラのシャッター音を浴びながら、サインを受け取った読者と固く握手を交わし、希望があればともに一枚の写真に収まるその姿は、確かに読者と「言葉」を交わす一人の作家の姿であった。

 続いて、フタバ書店tera(テラ)で行われた事前告知なしのゲリラサイン会でも、気さくにファンと会話を交わしながらサインを書き入れていく柳氏の脇に平積みされた新著は、時間が進むにつれてその数を減らしていく。30分ほどの短い時間でサイン会を終えた後も市内の書店回りを続け、こうして柳美里の長い「始まり」の一日は終わった。


自身のルーツを飛び越えて、両国の歴史を突き破り、幾多の「人間」を描いたこの作品で、彼女は何を得て、何を失い、どこへ行こうとするのか。新たな地で彼女が残していったものが読者の「言葉」に届くことを願いながら、次の開催地である福岡でのサイン会が無事に終わることを祈ってやまない。

Text&photos by 谷川充美
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