■新潮社で行われた『8月の果て』出版記者会見の模様を、フォトレポートでお届けします。





 8月10日、午後3時から『8月の果て』発売に合わせて柳さんのインタビューが行われる。
 2時過ぎ、まだ「新潮」9月号を読んでいないことに気づいた。地下鉄東西線神楽坂駅近くの書店で「新潮」を購入し、隣のマクドナルドで「すっきりブルーベリー〜ヨーグルト風味」を飲みながら読んだ。今月号には柳さんのインタビュー「死者=歴史の声に耳を澄ます──『8月の果て』を走り抜けて」が掲載されていて、インタビュアーの榎本正樹氏が今日の記者会見で冒頭の「代表質問」をすることになっている。
 密陽、「美里」という名前に込めた祖父の想い、アリラン、東亜マラソン、『命』四部作の意味、東由多加の言葉……。言葉では決して集約され得ないものを榎本氏はインタビューで引き出そうとし、柳さんはそれを丁寧に、確実に、語っているように思った。その営み自体が感動的だ。
「私は『誰も見ていない』などということはあり得ないと思っています。たったひとり死んだとしても、何者かが必ず目撃している。その何者かの視線は、最も書きたかったもののひとつです」。柳さんのその言葉を引きずった足で、会場の新潮社別館に向かった。

 会場に入ると、受付で『8月の果て』に関する資料と3枚の写真(柳さんの初マラソン時の写真と柳さんのお祖父さんの写真が2枚)と井筒啓之氏による単行本の表紙絵の写真が同封された封筒、それと銀色の袋を手渡された。
 袋の中には「新潮」9月号と厚い本が入っていて、綿に似た感触がした。抜き出すと『8月の果て』だった。喜びとも、驚きとも違う、生々しさがあって、席についてただただ眺めていた。装丁は挿画と同じく井筒啓之氏で、青地に顔以外が白い人型が浮かび、顔は灰色で塗られている。 澄んだ川を漕ぐようにして駆けるその人型は主人公の李雨根だろう。美しい表紙だ。 ぱらぱらとめくってみる。予感だけした。何の予感かはわからない。

 会場を見回すと、周りの記者たちも『8月の果て』を眺めたり、めくったり、「新潮」のインタビューを読んだりしている。そうではないのは、テレビ局のひとと受付の方くらいなものだ。柳さんと榎本さんが座る予定の正面の机を包囲するような楕円を描いて、少し離れて記者用の机が並んでいる。ふたり掛けの机が4×3=12個。座ったのは記者用の机の最前列だ。

 開始が5分遅れるというアナウンスがあり、言葉通り15時5分にふたりは到着した。
 柳さんは黒のワンピースにヒールが中くらいの黒い靴を履き、長い栗色の髪に浅黒い肌が健康的にみえた。 榎本さんは黒いスーツを身に纏っていて爽やかだ。

 司会は、『8月の果て』の担当編集者で笑顔に安心感が漂う杉原信行さん。まず新潮社の横山さんの挨拶があり、榎本さんが自己紹介した後、代表者質問へと進んだ。
『8月の果て』を完成した印象は? というのが最初の質問で 、「(完成して)これほど達成感のなかった小説はなかった」 「『水の中の友へ』(青春五月党の旗揚げ公演作品)の前から構想はありました」と話す柳さんにとって、『8月の果て』がいかなる意味を持つのか想像もつかなかった。おそらく「意味」にはならないだろうとも思う。

 柳さんは左手を回したり、ピアノがあるかのように指を動かし、語る。その様子はテンポを取り、言葉を降らせようとしているみたいに見える。『8月の果て』の言葉のリズムについて、日本語と韓国語が「二重ステレオのように」響いていた柳家の環境について語った。

 8月15日を発行日としたことについての質問には、「8月15日は記念日、ではない」「日本では戦前/戦後、韓国では解放前/解放後」 だが、8月15日は「終わりではなく、終わりがない」。だから『8月の果て』というタイトルを付け、 逆説的に8月15日を発行日にした、と柳さんは応じた。後で新潮社の方から伺ったのだが、『8月の果て』は今日でき上がったばかりらしい。柳さんはもちろん、新潮社の方々の想いがあっての発行だと思い、そういったことが嬉しかった。

 代表質問が終わり、ビデオ上映が開始される。東亜マラソンで走り、お祖父さんについて話す柳さんの姿が記者席から向かって左のディスプレイに映し出される。ビデオは過去の映像を編集したもので、「これはTBSのニュース23ですね」と、ときたま柳さんが解説を加える。

 記者からの質問の時間になる。時計は3時45分を過ぎたあたりだった。 ここではお祖父さんの思い出や新聞連載についてなど、より細かい事柄への質問が記者席から飛んだ。

「レコードを聴く後ろ姿」「布団を抜けていく祖父の気配」「祖父が走る音が遠ざかっていく」。 祖父について一言ひと言ゆっくり考えながら話す柳さんは幸せそうに見える。韓国に行ったときのことを語る様子も嬉しそうだ。そういうとき、こちらも嬉しくなり脈が熱くなる。

 韓国の読者の(東亜日報での連載の)反応は伝えられていないらしく、今度行ったときに聞きたいと話していた。韓国語は日本語よりも文字量が増えるので、韓国語版は2巻で発売されるそうだ。韓国の読者からどのような反応があるのか、思いを巡らした。「在日」という境界線的な立場である柳さんの文学を彼らはどのように受けとめるのだろうか。

 朝日新聞と東亜日報の同時連載について、「現実の事件(イラク戦争など)と小説の言葉を拮抗させたかった」 と、柳さんは澱みなく語る。私は『8月の果て』の「果て」とはまさに「現在」であることを確認する。

「聴覚的な小説だとよく言われます。…それは私が闇の中にいたから、耳をそば立てていた」「言葉に詰まってしまうようなことを書きたかった」「 口にすると『流れていく』ものではなく『凍りついてしまうようなもの』が書けた」。記者会見終了直前に、柳さんは印象的な言葉を残した。

 会場の後部に、お祖父さんのランニングシューズと帽子の展示があることが杉原さんから告げられる。お祖父さんがシューズに鋲を取り付けるよう発注していたこと、シューズを入手した当時は白い黴だらけだったことが柳さんによって解説される。

 そして記者会見は終わった。柳さんと榎本さんに強い拍手が送られた。私はいつまでも拍手していたかった。ふたりが退場した後、帽子と靴を見た。茶色の帽子のつばには傷が斜めに入り、シューズの右足の踵の部分は切れている。シューズは暗い褐色で薄く、帽子は土を感じさせた。「言葉にならないもの」がここにあった。


Text by KEI




 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

代表質問に答える柳さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柳さんの祖父梁任得氏使用の帽子とランニングシューズ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





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