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2005年02月05日

また春がくる

昼、西口のラ−メン屋<静雨庵>でチャーシューメンを食べて、カレと息子と3人で自転車を漕いでいたら、
線路脇の椿の木にうぐいすがとまっていて、椿の花にくちばしを突っ込んでいた。
もうすぐ春……。

夜、東口の<山下飯店>で夕飯を食べるために(風邪で、買物とか料理とかする気力がないんです)、カレと息子と3人で自転車を漕いでいたら、
小町通で猫が鳴いていた。
シャッターが降りた店の軒下で、
鳴いているというよりは、泣き叫んでいるという感じの声で、
歳若いトラネコだった。
わたしは息子とカレにいった。
「棄てられたんだよ。子猫のあいだだけ飼って、大きくなったから棄てにきたんだよ。仕事が休みの土曜日に。ずっとマンションの部屋のなかで飼われてた猫だよ。ほら、毛並みもいいし、でも、腰抜かしてビビッテルでしょう? 春になって発情してるんじゃないよ。飼い主を呼んでるんだよ。小町通りは店が多いから、残飯とかもらえるんじゃないかって棄てたんだろうけど、こういう猫はネコ缶とキャットフードしか食べないからね……この寒さで……水曜は雨でしょう……肺炎になって死ぬかもしれない……でもうちで飼うわけにはいかないし……」
わたしは自転車のペダルを踏んだ。
いつも走っているランニングコースの山中にある某茶屋も、観光客が猫を棄てていく名所と化していて、女主人が「ここなら飼ってもらえるだろうって棄てていくんだろうけど、不妊手術代とか餌代とか、ほんとうに馬鹿にならないのよ。自分たちが生活していくだけでやっとなのに……」と愚痴っていた。

ネコ。
もうすぐ、クロの命日。
6年、東さんとわたしといっしょに暮らして、
1995年2月27日午前9時に息を引き取ったクロ……。
クロが死んで、もうじき10年になる。

ハル。
もうすぐ、東由多加の命日。
3月23日に、築地の国立がんセンター中央病院で、「1週間先は見えない。おそらくここ何日かで意識を失ってしまうので、意識があるうちに逢いたいひとには逢わせておいたほうがいいでしょう」と死を宣告されたけれど、
昭和大学附属豊洲病院に転院して、
約ひと月、生きた。
そして、死んだ。
2000年4月20日午後10時51分……。

この時期になると息が苦しくなる。
春は、わたしにとって、喪の季節でしかない。

投稿者 柳美里 : 2005年02月05日 22:14

 

コメント

一昨年の夏の朝、ジョギングの最中に、小さな汚い箱に入れられた2匹の子猫を拾いました。やっと目が開いて、よちよち這う程度の赤ちゃんでした。
競い合うようにミィミィ鳴きながら、細く鋭い爪で私の腕に思いきり抱きついて甘えてくる・・・胸がしめつけられるほど可愛い子たちでした。
自分が生んだ子供のような気さえするほどでした。まだ独身なのに・・・(笑)。
諸々の事情で、私が飼うことはできませんでした。
今、彼らは祖母の友人宅にもらわれて、広々とした田舎の家で暮らしています。
願ってもない良縁でした。
手放した日から、一度も会っていません。
もう一度抱きたい気持ちはありますが、彼らはもう私を覚えていないでしょうし、もらってくれた家とは個人的な付き合いもないので、おそらくこのまま、二度と会うことはないでしょう。
ずっと、愛しい息子たちのピンボケの写真を手帳に挟んで持ち歩いています。

トラネコちゃん、誰かいいひとに連れて帰ってもらえるといいですね・・・。

投稿者 にいな : 2005年02月05日 22:37

柳美里さんが「命」の連載中に、不快なものを送りつけた者です。
申し訳ありません。 
 

投稿者 鷽鳥 : 2005年02月07日 17:14

誰もがそうである様に、「死」は苦しいもの。そして哀しいもの。でも身近な死者は、現世での未練をあなたに託しています。東さんの夢を柳さんは引き継いでいる。もう決して会うことのない東さんの魂は、柳さんの御霊となり、そして息子さんの血となるのです。

人は人生の舞台に立つ時、同じスタートでも物事の運びは様々です。だけれど、生涯安泰ということは皆無でしょう。勝ち組だの負け組みだの、頭でっかちな批評家や、人生を本音で生きていない虚勢だけの人間の戯言に過ぎない。

「死」は全てを無にします。でも死者の思い出は、一生涯引きずります。人生の一こまで、その人を愛した事を誇りと思える様な出会いが出来たなら、それは何よりの幸せです。

まず自分を愛することからはじめたいです。そうすれば、誰かがきっと救いの手を差し伸べてくれる・・・

詰まる話、今の私は不幸なのです・・・。

ではでは

投稿者 剣吾 : 2005年02月12日 18:20

父の会社の営業所(賃貸の倉庫ですが)は、いつのまにか地域の野良猫たちの「御食事処」と化しています。
いちばん幅をきかせているのは、3年前にこの営業所の隅っこで生まれた子猫のうちの1匹で、今や特大の三角おにぎりのような顔をした大物になっています。

野生動物ではない猫を・・・この国の中ではあくまでもペットとして生きるしかない猫を、気まぐれに飼って捨てた、どこかの誰かに憤りながら、結局は私も同じことをしているのでしょうね。
本当はわかっています。彼らの命を負う責任をもって飼うこともできないのに、その場しのぎの食べ物をあてがい続けることが、決して正解ではないということは・・・。
それでも、食べ物や寝る場所を求めてやってきた猫たちが、現に目の前にいて、それを追い払うことはできません。臨月の妊婦ならなおさらでした。
自宅に連れ帰ることはできませんが、風通しが良くて広い会社の営業所だから何とかなっていること、です。

先月、居候猫の中からまた子猫が生まれたそうで、営業所長が苦笑いしつつ、追加のキャットフードを買いに行っていました。
初夏になったらまた、その子たちの不妊手術ラッシュです・・・(^^;)

投稿者 にいな : 2005年02月16日 00:43