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2005年01月12日
water&flower&slight dirt
小4のとき、夏休み前に転校するまでの半年間、わたしは<花係>なるものをやっていた。
花が好きだったからではない。
他にどんな係があったのかは思い出せないけれど、どの係も定員が複数で、たったひとりの係は<花係>だけだったように記憶している。
そして、4年5組は奇数だった。
<花係>は<あまり1>の係だったのだ。
<花係>はその名の通り、花に水をやる(だけの)係。
朝は他の子たちよりすこし早く登校して窓際のヒヤシンスの水を取り替え、放課後はひと気のない裏庭で朝顔の植木鉢に水をやった。
<級友>(人気がある子にしか、そんな目立つ真似はできない)が持ってきた花を花瓶に生けて、教壇の上に飾るのもわたしの仕事だった。
<あゆみ>の<特別活動への参加態度および活動のようす>の欄にはこのように書いてある。
<花係として、友だちが持ってきてくれた花をいつまでもからさないよう、水をとりかえていました>
これだけだ。
4年5組にいた<級友>たちは、おそらくだれひとりとしてわたしのことを憶えていないだろう。
わたしは、だれよりも目立たない子どもだった。
わたしの家には現在16の花の鉢植えがある。
春夏秋はウッドデッキに出しておいて、霜が降りる前に家のなかに入れる。
もう一度いうが、花が好きなわけではない。
16の鉢植えすべてがいただきもので、自分で選んで買った鉢はひとつもない。
花好きではないが、花を枯らすことは嫌いだ。
十二指腸潰瘍と出血性胃炎で入院していたときも、
点滴スタンドを引き摺りながら、見舞い客からいただいたアレンジメントの花を1本1本スポンジ(花を引き抜くと、茎にべったりつく、あの緑色の……わかります?)から抜き取り、点滴の針が刺さった手で(腕のなかで針が動いて痛いのに)水道の蛇口をひねってきれいに洗ってから痛んで柔らかくなった下のほうの茎を切って、花瓶に生けかえていた。
多いときで20以上の花瓶が林立し、蘭や百合のにおいが混じり合って吐き気がこみあげるほどで、仰向けに寝ていると、なんだか柩のなかにいるみたいだった。
病状は日に日に悪化し、カテーテルで排尿するようになっても、わたしは花の世話を怠ることができなかった。
いつだったか、ちょうど腐った花を花瓶から引き抜いているときに、
中島みゆきさんがお見舞いにきてくださり、
「そんなに、花に手をかけるひと、はじめて見た」
と目を丸くされていた。
ガーデニングとかそういうレベルじゃなくて、これはもう執念みたいなもので、鉢植えの花をいただくと、わたしはまず本屋に走り、その花の育て方が載っている本を捜す。
たとえば、『フルハウス』で泉鏡花文学賞を受賞したとき(8年前!!)に編集者からいただいたデンドロビュームは3鉢に増え(株分けしました)、今年もバルブの節が膨らみはじめた。
もうすぐ、花が咲く。
東由多加は亡くなるひと月前、家を(最期の病院に)出発するとき、その鉢に寄り添うように満開の白い花を眺めていた。
我が家にだれかが訪れるたびに、
「4年前にもらった蘭なんだって。柳さんが咲かせたんだよ。すぐ枯れる蘭を、すごいでしょう。蘭がこんなに可憐な花だとは思わなかった。やっぱり花は白に限るね」
と自慢していたが、
あのときは、もう声が出なかった。
黙って、眺めていただけだった。
今日、わたしは16の鉢に水をやった。
2階の水場はトイレにしかなく、洗面台の構造上、ジョウロに水を入れることができない。
わたしは鉢植えをひとつひとつベランダに移して、ベランダとトイレを20往復して500mlのペットボトルで水やりをした。
しつこいようですが、(「柳さんって優しいひとなんですね」と誤解されることがたまぁにあるので)、もう一度念を押しときます
花が好きなわけじゃあありません。
鉢植えの花をいただくと、憂鬱になるくらいです。
でも……なんというか……水の入った容器を傾けて土の色が黒ずんでいく……その光景にこころを持っていかれるんです。
解る、かな?
解るひとには、解る、でしょう。
投稿者 柳美里 : 2005年01月12日 23:15
コメント
私の父は、観葉植物の卸の仕事をしています。
門前の小僧何とやらで、私もいつのまにか、世間一般のひとよりは花や植物に詳しくなりました。
テナントとして入っているデパートの売場に立っていると、お客さんから「こんな綺麗な場所で働けて、幸せねぇ」とよく言われます。
何も知らないくせに、と心の中で小さく毒づきながら、いつも、そうですね〜とにこやかに笑い返しています。
あまりにも身近にありすぎたせいでしょうか、花や植物を愛しく思う気持ちを持てないまま……新芽が吹いたり、花のつぼみがふくらんだりしているのを見ると、ふいに、たまらなく申し訳ない気分になって泣きたくなります。
こんなに近くにいるのに、愛情もなく義務感だけで世話をしてごめん、と。
デンドロを8年も咲かせるなんて、素晴らしいですよ! 本当にびっくりしました。次の年に咲かせる、ということでさえ難しいのに…。
表彰状か、花に代わって感謝状をお送りしたいくらいです(笑)。
私は、誰かに鉢植えの花や植物をプレゼントしたことはありませんし、これからもする気はないですが、美里さんの“心ひかれる光景”は、少し解ります。
少しだけ……。
投稿者 にいな : 2005年01月13日 01:05
失礼ながら書かせてもらいます。
もし私が、よみを私の住処として望み、 、
闇に私の寝床をのべ、
その穴に向かって、
「お前は私の父だ」といい、
うじにむかって、
「私の母、私の姉妹。」と言うのなら、
私の望みはいったいどこにあるのか。
誰が、私の望みを見つけよう。
黄泉の深みに下っても、
あるいは、共に塵の上に下りていっても。
ヨブ記
息が詰り、血が引いて汗をかいた掌が、どこまでも白く温度を失い 色を失う言葉だった。ぎょっとした。私はヨブの生まれ変わりなんじゃないか と恐ろしい思考まで浮かんだ。
ヨブほど潔白ではないけれど。ヨブの思考に似た悪魔的な素性は私にある。悪魔は命を厭うだけ枯らすだけ。
命を育むことはしない。
だから思う、
なぜ、苦しむものに光が与えられ、
心の傷んだものに命が与えられるのだろう。
命は残酷だと、思う。
こんなものを書いてしまい、済みません。
投稿者 白 : 2005年01月13日 05:38
柳さん〜!
お花の水やりお疲れ様です。柳さんは職業柄、お花を
もらう機会が多いのでしょうねぇ・・・
“けっして花が好きなわけではない”と言うのを読み
心痛みます。
あたくしはお花が好きです。ミニ薔薇やシクラメンや
クンシ欄等の鉢を買いました。
買ったらそれっぱなしです。水をやったり、“101B”と言う高い肥料でお手入れをするのは主人です。
まるで、ペットを飼っても結局、世話をするのはその家のお母さん状態です。この頃は長女や次女がお米のとぎ汁をやったりしています。(苦笑)
柳さんのお花の世話は“使命感”と言うか“責任感”と言うか、適切なたとえが浮かばずすみません。
丈ちゃんをおだてて“水やり係り”にするってのはどうでしょう・・・?
お花って子育てみたいですね、つぼみが出ると嬉しい気持ちになります。
何だか毎年行ってる“河津桜”の事を思い出しました。
投稿者 sachiko : 2005年01月13日 11:04
「土の色が黒ずんでいく〜」
私も植物に水をやる時、その光景から目が離せません。
何ていうか、上手く書けないんですけど、感覚で…。
でも、私も花が好きな訳ではなくて、花束は枯れていく様を見ると自分の老いを思い知らされているようだし、鉢では一ヶ月保った試しがありません。
私の死んだ母は、狭いベランダで恋人から貰った花を育てていました。真っ赤で大きな花が咲くその名前は知りません。
毎年花が咲く度に、私に自慢するのでした。
「今年も綺麗に咲いた」
いつの頃からか、その鉢はベランダから消えました。
去年の夏、初めて自分で花を咲かそうとひな菊とストックの種を植えました。
しばらくしてひな菊が先に小さな芽を出し、続いてストックが芽を出し、一つ、ひとつ増えて行く芽を毎朝眺めて水をやりました。
けれどある朝、ひな菊の芽は茶色く乾き、死んでいました。私はしばらくぼ〜っとしてから、水をやりました。
もう、水なんてやっても仕方ないのに、死人に「起きて」とせがむのに似ているなぁと思い、次の日ゴミ袋に入れました。
何故か、まだ生きて居たストックも一緒に…。
私の友達が作った唄の歌詞を想い出しました。
花に水をあげすぎたの
可愛いかったから
こんなに傷付けるなんて
思わなかった…
自分の花は枯らしてしまうのに、今私は職場の植木に毎日欠かさず水をやり、葉を拭いてやります。
別に、好きな訳ではないのですが、何故でしょう??
自分でもよくわかりません。
長くなってすいませんでした。。。
投稿者 ルーシー : 2005年01月13日 22:55
雪深い異国に一人で住んでいたとき、雪に閉ざされた部屋の中で、小さな鉢植えは私以外の唯一の命だった。
自分の世話さえろくにできず、この先どうなるかわからない身分に、生き物を飼うことは許されない気がした。いくら孤独でも、生き物に癒してもらおうとするのは、無責任でエゴイスティックな気がした。
ある時、海外に旅立つ知人から、テーブルと電子レンジと小さな鉢植えをもらった。世話できる自信がないからと断ろうとすると、「この植物はとても強くて、しばらく水をやらないでほおっておいても大丈夫だから。」と押し付けられた。それでも枯らしてしまったらどうしようと、譲り受けるとき責任を感じて緊張した。
彼女が言った通り、それはとても強かった。水をやれない日が続いても枯れることはなかった。ある時、水をやることが楽しくなってきている自分に気づいた。
それは能動的ではないけれども、水をやれば、いや、やらなくても毎日何らかの変化を見せてくれた。話しかけても黙ったままの人形と違って、何らかの反応を見せてくれた。命なのだと思った。
年月が経ち、私もそこを去る日が来て、また別の誰かに鉢植えを引き継いだ。今頃雪に閉ざされた部屋の中で、葉を出し、蔓を伸ばしているのだろう。
水に土の色が黒ずんでいくとき、ごくんごくんって聞こえるような気がしませんか?
投稿者 楓 : 2005年01月17日 19:55