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2004年12月23日

WHERE NO ONE STANDS ALONE

わたし、カレ、息子は、自転車でいっしょに走っていても、それぞれ別の歌をうたう。
声を合わせて、「丘をこぉえぇ いこおよぉ 口笛吹きつぅつぅ」とか歌えば仲良し一家に見えるのかもしれないけど、3人が3人とも頑固なもんで、それぞれの歌を台無しにすべく大声でうたいわめく。
いつものように3人でうたいながら街を突っ走っていたら、ママチャリが曲がり角から現われ、息子の幼稚園の同級生のお母さんだった。
笑われました。
昨日の夕食は、あまりにも忙しいんで、店屋物だったんですけど(わたしは鴨なんばんのうどん、カレはごまだれせいろのそば、息子は親子とじうどん)、右手で箸、左手で雑誌という感じで、それぞれ別の雑誌を読みました。(息子はもちろん21日発売の『鉄道ジャーナル』でございます)
いまは、1Fリビングで、息子が「あわてんぼうのサンタクロース」を流し、中2F仕事場でわたしがプレスリーを流し、2Fでカレが清志郎を流し、我が家は独立した部屋というのはないんで(つまり、限りなくワンフロアに近い間取りなんです)、音がぐちゃぐちゃに混じり合っています。

昨日、カレが息子を連れて買物に出掛けているあいだに、日ごろの鬱憤を晴らすべく、プレスリーを最大音量で聴きました。
プレスリーといえば、ロックン・ロールと思われるかもしれませんが、
わたしはプレスリーがうたうゴスペルが好きです。
プレスリーは生涯で3枚のゴスペル・アルバムをつくっています。
アメリカ陸軍に徴兵され、兵役の最中に母親を亡くし、除隊した年(1960年)にレコーディングした『His Hand In Mine』、
ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ボブ・ディランの出現によって時代から取り残された感が否めないころの(1967年)『How Great Thou Art』、
離婚や体調の悪化によって精神のバランスを欠いていたころ(1971年)の『He Touched Me』、
そして、エルビス・プレスリーは1977年8月16日に42歳の若さで他界する。
子どものころからの好物だったドーナツやジェリービーンズを食べるのをやめられず、肥満を阻止するためにあらゆる薬物を使用したのが原因だといわれています。

仕事をしながら聴いていて、「WHERE NO ONE STANDS ALONE」で嗚咽しました。
なんだろう、気持ちが弱ってるのかな……(プレスリーがゴスペル・コーラスの一員のようにうたってる「AMAZING GRACE」も泣けてしょうがない)。

英文を打つのはシンドイから、邦訳を。

「誰もひとりでは立てない所」

あるとき 私は夜の闇の中に
頭を低くたれて 立っていた
それは 考えられないほど深い暗闇だった
すると 心に孤独を覚えて 私は叫んだ
おお主よ 私から御顔を隠さないで下さい

たとえ 王様のように 立派な城に住んで
自分自身の莫大な富を所有して 暮らしたとしても
それでも この広い広い世の中に
孤独ほど苦しいものを
ただ一つだに 私は知らない
ずっとこの先 いつも どんな時も
ここから天国に至るまで 主よ 私の手をとって下さい
私の手をとり 誰も一人で立たなくてもよい場所に連れていって下さい
私の手をとり 誰も一人で立たなくてもよい場所に連れていって下さい

投稿者 柳美里 : 2004年12月23日 14:29

 

コメント

美里さん:

気持ちが弱くなってしまいましたか。

孤独。

遠藤周作さんが書かれていましたが(うろ覚え
ですが)、病気の辛さは、病気自体でなく、
誰もこの辛さを分かってくれないという、
孤独の辛さだ、と。

五木寛之さんは、集まれば集まるほど、
孤独を感じる、遊べば遊ぶほど虚しい、
というような事を書かれていたように
思います。

五木さんは若い頃に、遠藤さんは病気をして
から読んだ部分ですが、深く共感した覚えが
あります。

私はビートルズの大ファンで、特にジョージは
イギリスにお墓詣りに行くくらい、大好きです、
というか、私には絶対的な唯一無二の人。

プレスリーはLove Me Tenderが好きですが、
今度ゴスペルを聴いてみます。ちなみに夫は
プレスリーが好きです。

投稿者 Y.M.H : 2004年12月23日 17:34

柳さん〜!
聴いているうちに悲しくなるなんて・・・なんて、繊細な心の持ち主なんでしょうか。

でも、何かあった時の音楽って記憶に残ってるものですよね。「泣きたいときは泣く」ですよね。

3人で自転車〜!しかも大声で別々の合唱〜微笑ましいです。楽しいひと時ですね!空気冷たいからマスクしてね。


Y.M.H様
お加減如何ですか?あなたに比べたらあたくしの喘息なんて“へ”でもないのですが、発作が大変だった時期、
泣き出したあたくしに、夫は「泣いて治るのなら泣きなさい。でも、逃げられるもんじゃないんだから、一生上手く付き合っていく方法を見つけて、コントロールして行くしかないんじゃないの?」と言われました。

ご家族の方も心配されているでしょうね、どうぞ、無理しませんように、お大事にして下さい。

投稿者 sachiko : 2004年12月24日 10:44

sachikoさま:

この場を借りて、お礼を言わせて下さいね。
ありがとうございます。

今回の入院は、私の必要以上の活動で、無理を
したために、夜中高熱が出て、救急車で通院先に
行き、そのまま入院でした。主治医の指示です。

娘にまたつらい思いをさせ、二人で大泣きしました。
娘の彼氏まで、病院に来てもらい、迷惑かけました。
夫は、パニクったのか、救急車の呼び方も、
自宅の電話番号も分からなくなりました。

娘から、夜間外出禁止、飲み禁止、夜中に若いドク
連れ込み(笑)禁止令発令です。

深く反省して、年内は大人しくしています。

病気に重軽はありません。その人がつらければ、
つらいのですから。

どうぞsachikoさんも、お身体お大事に。

美里さんの日記のカキコなのに、こんなに場所を
使ってすみませんでした。

投稿者 Y.M.H : 2004年12月24日 19:53

 その人がつらければつらいって、本当ですよね。それは体の病気も心の病気も、何事も。
 どんな状況でも、誰かがいてくれる人はそれだけでかなり救われるってこと、ないですか?
 想像です。

投稿者 楓 : 2004年12月27日 00:59

街中が白いドレスを纏いました。
静かな時が過ぎていきます。

どうぞ良い年をお迎えくださいませ。

投稿者 lune : 2004年12月31日 18:02

はじめまして。えらい前のコメントですいません。ディランのGOOD AS I BEEN TO YOUにはいっているTOMORROW NIGHTが好きでよく聞いています。プレスリーのバージョンはまだ聞いたことありません。私の好きな日本のミュージャンでシバという人がいるのですが、その人の歌うあしたの晩もなかなかよいですよ。興味深くブログ拝見させて頂きました。それではまた。

投稿者 kazoo : 2005年02月20日 21:41