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2004年11月15日

<生活>の只中から……

10代のころにくりかえし読んだ本は?と訊かれたら、迷うことなく『聖書』と『人間失格』の2冊を挙げる。『聖書』の言葉は腕にマジックで書いてカンニングと間違えられたこともあったし、『人間失格』は夜な夜な写経のようにノートに書き写していた。
20歳を過ぎても、30歳を過ぎても『聖書』はことあるごとにひらいて読み返しているが、『人間失格』は(太宰のほかの本も)ここ何年か読んでいない……いま考えてみると……5年前……東の癌とわたしの妊娠がほぼ同時に発覚したあのとき、わたしは『人間失格』と袂を分かったのだと思う。

めしを食べなければ死ぬ、という言葉は、自分の耳には、ただイヤなおどかしとしか聞えませんでした。その迷信は、(いまでも自分には、何だか迷信のように思われてならないのですが)しかし、いつも自分に不安と恐怖を与えました。人間は、めしを食べなければ死ぬから、そのために働いて、めしを食べなければならぬ、という言葉ほど自分にとって難解で晦渋で、そうして脅迫めいた響きを感じさせる言葉は、無かったのです。『人間失格』

違和感がある。
10代のころは、「どうしてこのひとはわたしのことをこんなに解ってくれているんだろう」「わたしのことを書いてくれている」と思っていたのに、
頷くことができない。
それは、きっと、わたしが、末期癌の想像を絶する痛みのなかでなお生きることを欲した東と共に、生きたからだろう。
そして、歯の生えはじめたばかりの息子に、おかゆや茶碗蒸しやほうれんそう&なっとうやバナナ&ヨーグルトなどの離乳食を拵えて、「はい、あーんして、おいしいよ、いっぱい食べると、大きくなるよ、はい、あーん!!」と気を引きながらひとさじひとさじ必死に食べさせたからだろう。

10日に七五三を行った。
来年の1月17日で5歳になる。
数え切れないほどたくさん<めし>を炊いた。
同じ食卓を囲んだ。
「いただきます」と手を合わせる。
食欲がまったくなくても、おいしそうに食べてみせる。
息子においしく食べてもらうためだ。
胃がきりきり痛んでいても、残すことはしない。
息子に全部食べてもらうためだ。
わたしには責任がある。
息子がひとりで生きていけるようになるまで、
生きなければならない。
生きることを、「無価値で、無意味だ」と否定することはできない。
何故なら、わたしはこの世に息子を生み落としたから。
どんなに酷い目にあっても、死に物狂いで、生きることを肯定しなければならない。
無様だと嗤われたって構わない。
矢ガモみたいに射抜かれたって、生きることには意味がある、というつもり。
わたしは、
めしを食らって、
生きる。

投稿者 柳美里 : 2004年11月15日 21:39

 

コメント

そう思えるようになったのは、きっと柳さんが大人になったからだよ。

失礼な言い方ですみません・・・。

ではでは

投稿者 剣吾 : 2004年11月15日 22:22

昨日、被災した親戚を見舞いに行きました。
傾いた家、潰れた商店、崩れた石灯籠。家の後かたづけを手伝い、落ちた瓦を拾い集めました。
同じ日の夜、知り合いの通夜に出かけました。癌でした。
がれきの中で必死に生きる人もあれば、戦いの果てに逝った人もいます。
大げさな言い方かもしれませんが、「生」と「死」の重みを感じた一日になりました。

投稿者 mako : 2004年11月15日 22:22

丈くんは幸せやと思いました。必死で生きて、必死で責任を感じながら生きているお母さんを持って、幸せや!そう思いました。

投稿者 rf : 2004年11月15日 22:56

こんばんは。
最近、私は死んだ人と夢の中で会いました。
あの人は、私の初恋の人。
争いで死んだ人。攻撃を受けて死んだ人。
だから、私は何度も腕を切って、彼を愛した。
いないなら愛そうと思った。信じてないから。
彼を殺したのなら、私はもういない。
そう思った。
「私は死のう。」それを愛した。
反吐を吐いて、自分を呪い殺せば、秋の薄い空が見えた。
あの色が見えた。あの匂いがあった。
深く刻まれた目尻のしわに、手を触れた。
もう、触れてもいないの。
もう、二度と誰にも会えないの。
誰かを愛して、奪って。
ナイフを下ろした。

夢の中で、あなたは何も言わずに微笑んだ。
ねぇ、まだ夢見てる?
あの日交わした言葉覚えてる?

近くを通ることはない。
一生ない。
あの場所はあのまま、あのアパートはあのまま。
待ち合わせをしたお店はあのまま。
街を去った理由。
それは昔話。
綴ったページ、破り捨てた。

だれかに説かれた。
「私ねぇ、あの日から自分を大事に思えたの。
だから死にたい、だからまだ生きてる。」

それは、私が言ったことかも知れない。

投稿者 ぴっぴ : 2004年11月15日 23:15

そうです!そうですよ、美里さん。
今日の日記は最近ので一番嬉しかったです。

あなたが苦しくとも頑張って生きてることを
私は支えにしています。勝手にですけどねw

投稿者 Lily : 2004年11月16日 04:06

私をはじめLilyさんやrfさん皆さんここへ来る人はみんな、
柳さんに励まされて生きているんですね。
皆も柳さんと同じ思いを本能的に抱えていて、
それを柳さんが力強いことばにしてくれるからです。
太宰のように自殺しちゃうひとにも聞いてもらいたいですね・・今日の柳さんのことば。
でも、自分自身で感じなければ決してわからないことなのでしょうね。

投稿者 岬 : 2004年11月16日 11:04

子供をこの世に産み落とした以上、子供を生かさなければならない。「育てる」にしても「養う」にしても
あなたが、あなたの責任の元、あなたの身勝手で産んだ命なのだから。

自殺する人間は自分の責任のもと、自分の身勝手で死ぬのだから。ただ、子供は自殺することが出来ない。
どんな親だろうと子供であるうちは親に従うしかなく、親を捨てることも出来ない。捨てられることがあったとしてもだ。

柳さん。あなたは親ですか?
養育者ですか?

投稿者 匿名 : 2004年11月16日 14:55

柳さん〜!
“私には責任がある”〜この言葉を聴いてハッとしてしまいました。昨日長女(小6)に「あなたとあたしは性格が合わないんじゃなくて、あたしがあなたの事を嫌いなんだわ」と言ってしまったのです(自己嫌悪・・・)

“いじめ”までは行かないけど、“チビ”と言うだけで
色んな辛い目に会い、貧乏くじを引いて来た子なんです。何でも卑屈に考えてしまうんです。“親”として、励ましてあげなきゃいけないのに。

“対等”にならず“親の目”にならなきゃいけませんね。   

“慢性睡眠不足”による怪我や事故に注意して下さい!

投稿者 sachiko : 2004年11月16日 15:07

ああ、よかった。
美里さんは丈ちゃんをちゃんと育て上げそうですね。
なんて、変ですけど。
美里さんのいままでの記事などでは、なんだか危なげな感じがして、丈ちゃんがすごくお母さんの気持ちを汲もうと意識的なのか、無意識的なのか、そんなやり取りがあったので、心配していました。
今日の記事は、安心して読めました。
逆に、教えられちゃいました。
”食欲がなくても美味しそうに食べてみせる”
大事なことですね。忘れてました。
でも、私は大抵めしを食らいすぎ・・・なんだ。

投稿者 choco : 2004年11月16日 21:03

初めて 母親になったとき、「ありゃ〜、もう私、勝手に死ねないじゃん。」と思ったこと、よみがえりました。そういえば、保育園にあずけだした頃は、「今ここで、どんな事件や災難に遭遇しても、ぜったいお迎えに行かなくっちゃ」と思ったものでした。
たぶん、世界中の母親は、そう思って日々を夢中ですごしてるんでしょうね・・・。
早く大きくなって遠くへ羽ばたいてくれ〜。
その頃は、そう思っていたもんです。
子育ては永遠に続く日々かとも思っていたもんですしねでも過ぎてしまえば、うそ!ってぐらい短いですよ。

投稿者 huuka : 2004年11月17日 06:33