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2004年03月15日
おひさしぶりです
「8月の果て」(朝日新聞夕刊に連載)が、明日掲載分で打ち切られることになりました。
そのことも、べつのことも、そのまたべつのこともあって(なんでいっぺんに!!)、わたしはかなり壊れています。
目を開けているのに、左斜め上方からD51(デゴイチ)がシュッシュッシュッシュッと煙を吐きながら目の前を横切って、右斜め下方へと消えていったり……てのひらに載るくらいの小人たち(どの顔も見憶えがないから淋しい)が布団の上を跳ねとんだり……書き出していけばきりがない。
わたしもうぢき駄目になる
という高村光太郎の「山麓の二人」(好きな詩です)の一節を、それとは知らず、つぶやいている。
一昨日の夜は、鉄の置時計で腿を殴りつづけ、大きな紫色の痣ができてしまった。
昨日の夜(今朝4時ごろ)は、気がついたら風呂場にいて、窓の外をみながら髪を抜いていた。
今日は、ずっと、エルビス・プレスリーが投げやりな感じでうたって途中でうたうのをやめてしまっている「TENNESSEE WALTZ」を流しつづけている。
I was dancin’ with my darlin' to the Tennessee Waltz
When an old freiend I happened to see
I introduced her to my loved one
And while they were dancin’
My friend stole my sweetheart from me.
I remember the night and the Tennessee Waltz
Now I know just how much I have lost
Yes, I lost my little darlin' the night they were playing
The beautiful Tennessee Waltz.
(中卒のわたしの拙い訳です。「わたしは恋人とテネシーワルツを踊っていた。そのとき、偶然旧い友だちに遭った。わたしは恋人を紹介した。そして、ふたりもテネシーワルツを踊った。わたしの友だちは、わたしの大事な恋人を、わたしから奪い去ってしまった。わたしは思い出す、あの夜のことを、あのテネシーワルツを……わたしの愛するひとを奪ったあの夜のことを……ふたりが踊ったあの美しいテネシーワルツを聴くたびに……」)
思い出すのは、やはりあなたのことです。
あの日、わたしは朝から家の掃除をし、近所の生協であなたの好物を買い、夕食の支度を整え、台所で洗い物をしながらあなたの帰りを待っていました。
玄関のドアが開き、寝室のドアが閉まる音がしました。
玄関に行ってみると、女ものの靴がありました。
わたしは寝室をノックしました。
開けてくれるまで、ノックしつづけました。
ドアは開きました。
あなたと、(知らない)女の子はベッドの上ではだかでした。
わたしはいいました。
「服を着ていただけませんか?」
女の子は服を着ませんでした。
「服を着てください。そのベッドのシーツは、わたしが洗って、さっき敷いたばかりなんですよ」
女の子はのろのろと、ほんとうにのろのろと、服を着ました。
「服を着たら、出て行ってください」
女の子は玄関のところで突っ立っていました。
「すみませんけど、今日はお帰りになっていただけませんか?」
女の子はようやく靴を履いてくれました。
「今度誘われたら、ホテルに行きましょう、といいなさい」
女の子はひとことも口をきかないまま出て行きました。(女の子に対して感情を打つけなかったのは、わたしのプライドです)
わたしは玄関の鍵を閉めて、あなたの頭を(一昨日の夜、自分の腿を殴打した)鉄の置時計で殴りつづけました。あなたは気絶しました。わたしは、あなたを殺してしまったと思って、家を出ました……。
4月20日はあなたの命日です。あなたが亡くなって、3度目の春が巡ってきました。
ねぇ、「8月の果て」、打ち切られちゃったよ。どうすればいい? あなたはわたしが泣いてると、いつも、「あなた、泣いてても仕方ないでしょう? そこに座りなさい。ふたりでどう対処すべきか考えようよ」といってくれたじゃない。亡くなる2週間前、わたしが家に帰って仮眠しているあいだに、あなたは癌の痛みと、モルヒネによる幻覚と闘いながら、ベッドの上で万年筆を握りしめ、最後の原稿を書いてくれたよね。そして病院に戻ったわたしに手渡してくれた。癌の声帯への転移で出なくなった声を振り絞って、「これ、『石に泳ぐ魚』の、高裁に、提出する、陳述書の、骨子だよ」って……7枚の原稿用紙に小さな文字がびっしり……論旨も文章もめちゃくちゃだったけれど……あなたがわたしに伝えたかったことは解った。敗けると決まっている闘いでも、闘い抜きなさい……。
ここまで書いて、わたしは泣いています。
いろいろな思いと思い出がぐちゃぐちゃになって……
I was dancin’ with my darlin' to the Tennessee Waltz
投稿者 柳美里 : 2004年03月15日 14:45